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2015年9月4日金曜日

「脱臼うさぎ」その1595 USAKO❤うさこ❤❤❤

お断り
USAKOの最期の映像を入れようかどうしようかと
迷いました。
「最期」の映像なんて見たくない!見なくていい!と
思われる方もいるはずです。
USAKO自身、見てほしくないれすって、言っているかもしれません。
わたしとUSAKOの二人の「最期の最後の時間」でした。
わたしの目に焼き付けて、胸の中の思い出の引き出しにしまいます。



8月30日。

昨日に比べらた食べる力もないUSAKOさんです。

食べようとする『気持ち』はあるのです
だって、もっと生きたいから・・・・

朝、潰しバナナを鼻先で確かめただけ。
「DAKARA」もペロペロできません・・・・シリンジを使う?
滴るような水を含ませたガーゼでお口周りを拭いてやるだけです。


8月30日16:30過ぎ、呼吸が怪しくなってきました。
痙攣をおこしました。


痙攣が収まって、母の腕の中。
数回呼吸を・・・・「はーふー」。
     
16:35。USAKOさんは旅立ちました。



16:36



16:40



16:51




16:55  もちろんまだまだあったかいのですよ。



18:23 エプロンの中に入れてしばらく話しかけて・・・
どこかにスイッチオンがあるんじゃないかって。
どこにもありゃしませんでした。

USAKOさんの体温感じるので、エプロンに入れたまま、
ゆりかごのように、赤ん坊を寝かしつけるように体を左右に揺らし、
USAKOさんの背中をトントン。
「いい子だね、ゆっくりネンネしなさいね。
うさ子がもういい、いやだって言うまで母さん、抱っこしているからね」
って。





20:00すぎ
ネンネしてもらいました。
お腹すいたかもと、お夜食に紫蘇をやったんですが、
食べてくれないんです。
母はただただ、どうしてかなぁって言う感じです。
まだ温かいし・・・・



この夜は母と一緒にネンネです。

8月31日

朝になって、「おはよう」と声をかけても起き上がりません。
スイッチオンって言っても動きません。

「もしもぅ~し」 「ほら、あさごはんですよ」
USAKOさんたら、うれしそう・・・・朝ご飯、いっぱい食べなさいね。


虹の橋を渡ってあっちで「庭んぽ」するときは、
リードをつけて リンリンって鈴鳴らしてね。
母に聞こえっるように鈴鳴らすのよ。

二番三番咲きのラベンダーを持たせましょうね。

一晩経って、USAKOを腕に抱いた・・まだ温かいような気がするし。
やっぱり母は探したのです。
背中・お腹のどこかに起動する【スイッチ】があるんじゃないかって。

スイッチオン・・・・・見つからない。動きゃしないねぇ。


そうそう、
えん麦スティックととテモシ―スティック・ドライフルーツ全部いれとくね。

牧草をお蒲団代わりに敷いとくね。
そのうえにフリースを敷いたから、チクチクしないでしょ?
四隅にペレット入れておいたから・・・・

虹の橋の向こうのみんなに分けてあげられるくらいあるからね。
ごあいさつ代わりよ。

「どうぞよろしく。仲良くしてください。」って、ちゃんというのよ。
足りなかったら取りに戻っておいで。
ペレットも牧草も未開封のまま置いて行ったでしょ?



虹の橋の袂まできっとコロンが迎えに来ていると思うの。

初対面?
大丈夫よ。
どちらも母の娘だもの。
すぐにわかるわよ。





USAKOさんを虹の橋の向こうへ送り出し家に帰ってきたら・・・・
USAKOさんの落とし物。 小さな小さな落とし物。
   
26日から満足に食べられなかったから、うんころも小さかったし、
量も少なかった。
小さな小さなうんころひとつ。


長い間「脱臼うさぎ」へご訪問くださいましてありがとうございました。

来月、9月23日の誕生日を迎えることはできませんでした。
12歳になって13歳の扉を開くつもりでしたが・・・。
11歳11か月と8日。
USAKOといた12年間、楽しかったです。

うさ飼い初心者の母でした。
おっかなびっくりの毎日でした。
長年の「左足脱臼」に加え、この春から肩の悪性腫瘍と開帳肢という
身体的不自由さが加わり、 つらかったと思います。

でも一度も弱音なんかは来ませんでした。
モリモリパクパク。
どんなに体の移動に不自由さが出ても、食欲は旺盛でした。

それが8月25日を境に「食べたい」のに食べられないという、
状況になりました。
腫瘍が肺を押しつぶしてきました。
呼吸が荒くなりました。
苦しそうな口呼吸。

もういいよ。がんばったね。って。


頑張り屋の「脱臼うさぎ」は2015年8月30日16時35分。
虹の橋へ向かいました。

皆様からも「がんばったね」ひとこと言って下さいますか?
「USAKOさん、頑張ったね、強かったね」って。
USAKOにとって何よりのはなむけです。




悪性腫瘍の細胞診をして下さったK動物病院長、
担当医師、スタッフさんから『うさこちゃんへ 供花』をいただきました。
(うさぎ柄の包装紙)
敢えて病院名は出しませんが、
メッセージカードに
病院のマークを勝手に貼らせてもらいました。

USAKOとわたしにとって、ここ数か月のお付き合いではありましたが、
とても親身になってくださり、丁寧な診察と説明。
手術しないという決断をしたのはわたしですが、
親身に話を聞いていただいて、
萎えそうになる気持ちを支えていただきました。

掛かりつけのH先生、おおらかな気もちで接していただいて
最期をありがとうございました。


USAKOへ立てる蝋燭は季節がらコスモス柄の花蝋燭。





                9月2日  覚書より


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★いただいたコメントの返信 (2015.9.5 am4:14 追記)

*チーママさんへ
虹の橋の向こうの「女子会」に入会しているかしら?
素晴らしい子を遣わしてくれたうさぎの神様に感謝。
そう、いつか私たちも娘たちと「女子会」しましょう・・・か。
まだまだ鼻をグスグス目はウルウルしている母です。
ありがとうございました。

*momoさんへ
コメントありがとうございます。
お立ち寄りいただいていることは、USAKOもわたしも知っていましたよ。
獣医さんの件で遠くまでこれたんでしたよね。
「娘」のためならみんな一緒だなぁって。
季節は変わります。
momoさんも体調を崩されませんように。

*りんママさんへ
花丸頂いて、うさこもニッコリしていることでしょう。
身体も楽になって、りんちゃんと走り競争しているコロンの背中に乗って
「女子会」にお出かけしているかも。
うさこの依頼・・・・ありがとうございます。

*momopyonbabaさんへ
USAKOは、もうモモちゃんに会ったかしら?
「抱っこ嫌い」でしたよね、USAKOは。
覚えていてくださいましたか。
最期のエプロン抱っこは、文句も言わず、嫌嫌もせず、
何時間でも抱っこされていました。
この時ばかりは「いやだいやだ」って言ってくれることを
願った母でしたが・・・・
babaさん、ありがとうございました。

*Edyさんへ
シナモンちゃんや大ちゃんの様に、虹の橋を渡りきるころには
脚もきっと不自由なく、ピョンピョコピョ~ンと
跳びはねるようになったのだと思います。
うさことともに素敵な12年を過ごしました。
ありがとうございました。

「脱臼うさぎ」その1594 USAKOはがんばりました。

8月28日
シリンジで「DAKARA]を。 「ペレットのDAKARA和え」を。
強制給餌は無理のようです。


意識が「あっち」と「こっち」へ行き来しているのにもかかわらず、
母の手をペロペロしてくれました。12:48



大根菜を鼻先に差し出すと・・
すでに目は霞がかかっているようです。・・・銜えました。

すりつぶす歯の音が異常に響きます。
それでも、自分から食べる気はあるのです。


思いついて「えん麦スティック」を「DAKARA」に浸してみました。

前日の潰しバナナと同じ母の親指の先の大きさほど食べてくれました。
28日16:13

8月29日20:00過ぎ。ネンネです。
夜中にネンネのところから飛び出します。
昼間でも、おしっこで下がぬれると場所を移動するのです。
下半身どころかすでに全身が思うように移動できないのに。
『おしっこでぬれたから、取り替えてくらさいな』って言っているんですよ。


8月30日。
5:30


潰しバナナほんのちょっとを一口 春菊の葉先少々。
口に銜えてもすでに噛み力もありません。
銜えたというより口にはさんだ状態です。
今日もUSAKOさんは「生きたい!」という一心で食べる・・・

ねぇ、もういいよって声をかけたのです。
そんなに頑張らなくてもいいよって。
呼吸も苦しいだろうし。
母のこと心配しないで、楽になっていいよってね。
12年間二人で楽しかったね。って。
掌に包み込むくらい小さかったUSAKOさん。
意識が遠のくUSAKOさんに

「もしもぅ~し」
「うっこたぁ~ん」
「うっこっこ」

母とUSAKOさんの二人の合言葉。
いつもなら声をかけると顔を上げるのに・・・母を見るのに。

だからもういいよ。って。

             8月29日  20:45 覚書より

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2015年9月3日木曜日

「脱臼うさぎ」その1593 USAKO❤うさこ❤❤

病院から帰ってからは、ウツラウツラ・・・

意識が遠のいているのっだと思います。
『あちら』と『こちら』を行きつ戻りつ状態に入ったようです。

食欲もぐんと落ちて・・・


8月26日のUSAKOさん。

水分補給で「DAKARA」を飲みました。
ペレットのぐちゃぐちゃまんまを少々。
大好きな大根菜・青紫蘇・春菊を申し訳程度にゆっくりと口にしました。
そして時間をおいて潰しバナナを。・・・これは結構食べてくれました。

8月27日

フリースのブランケットを掛けて・・・
遠のく意識を「はっ!」とした動作で 母の元へ戻ってくるんです。

朝7:56 「DAKARA」は少々自分で飲みます。
野菜類は、鼻先に差し出してようやくかじり出す・・・
噛みくだいているときのUSAKOさんの歯が
「ギュッギュっ」と こすれ合う音がはっきりと聞こえます。
大好きな紫蘇を銜えたはいいのですが、
口の中へ入れるにも時間かかり、 噛み下しも・・・・
時々意識が混濁する中で、(お腹はペコペコ状態のはず)
「生きる」という本能で懸命に食べ物を口にしようとしているのです。








15:00つぶしバナナを差し出す。
母の手から直接食べます。
二度三度お変わりして、母の親指の第一関節大は食べてくれました。

この一枚を食べたら、このバナナを食べたら
きっと元気になるれす!!とでもいうように。



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「脱臼うさぎ」その1592 USAKO❤うさこ❤

          8月26日。


2~3日前から摂食の変化を見せたUSAKOさん。


鼻息が荒くなってきました。

 
口呼吸です。

昨日より今日、という具合に口の開きが大きくなりました。
唇(?)にチアノーゼが見られます。

     画(え)がぼけちゃっている。



Dr.のところへ・・・・
体重1700g。
体温36.2℃。うさぎの平熱としては2℃ほども低め。

レントゲン撮影
上の画像は、細胞診・エコー検査をやった5月25日撮影のレントゲン。
肺は変形してはいたけれど、まだ黒く写しだされている。
下のレントゲン画像は、8月26日。
肩の腫瘍がこんもりと。そして肺の部分は白くなっている。 。
本来黒く写る肺がの部分が白い。
(仰向けで撮影なので、右肩の腫瘍が画像の下になっています)


呼吸が荒いわけだ!
こんなに肺が押されていたんじゃぁね。

苦しいだろうね。
食べたいご飯も食べられないよね。

『腫瘍による肺炎』。
抗生物質の注射を打ってもらう。

いつもだと抗生物質の飲み薬が処方されるんですが、
今回は無。
「この一本で、2週間は効き目あるから」と、Dr.

2週間・・・???????
2週間?・・・・・
この意味するところは・・・・・・・・・・・?

「覚悟しておいて」って、Dr.に言われたっけ。
「覚悟はしているつもりです」って答えたっけ。

「これ以上苦しくならないようにと・・・いまはただそれだけなんです。
そう、覚悟はしているんです。」
先生に言ったのか、自分に念を押したのか。

診察室を出る時先生に
「最期に先生のところかなぁ。」って。



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